彼の夢を見た。


伸ばしっ放しの髪を怠そうに掻き上げる仕草、フィルターまで火の点いた短い煙草をくわえる分厚い唇。
ぐしゃぐしゃに潰れて廃車になった筈の彼の愛車―中古のドイツ車。
彼は運転席側の扉の前で立っていた。
短いTシャツにボロボロのジーンズ。上から私がプレゼントした革のジャケットを羽織っている。
奇しくも、あの日と同じ格好。
彼は近付く私に気付くと、挨拶も無しに煙草を揉み消してから「行くぞ」と低い声で言った。

車に乗り込む、右側の助手席。
窓の外に流れていく緑の風景、白く並ぶ家屋の壁、鮮やかな色々。
今は通らない懐かしい道を、黒いドイツ車は走り抜ける。
「なあ」
彼は唐突に口を開いた。
「何?」
「最近、どうしてた」
疑問文でも半音上げない喋り方。それは彼の特徴であると私は考え、他の何者でもない証拠のように思える。
私は彼の横顔をじっと眺めてから、その質問に答えるために口を開く。
「……最近は…うん、ずっと泣いてたね」
「……泣い、て」
「だって、貴方死んじゃったじゃないの」
「………………」
「……?」
「…………悪い」
ぽつりと呟く。エンジン音に掻き消されそうな、低い小さな呟き。
それでも確かに私の耳まで届き、本当に申し訳無さそうな声色と声の小ささに、思わず少し笑ってしまった。
「……何だ」
「ふふっ…。ううん、何でもないの。ねえ、何処に行くの?悠里君と奈未は乗らないの?」
私達には共通の、生前は良く一緒に遊んでいたカップルが居るのだが、今日はその子達を乗せないのかと訊ねた。
「……乗る場所がないから」
私は後部座席を見る。この車はツードアだが、一応四人乗りなので乗れる筈だ。何か荷物を積んでいるというわけでもない。
「……乗れるよ?」
「良いんだ、お前さえ良ければ」
そこで私は、何か冷たい空気を感じた。
それの正体が何かは分からない。
解らない内に


目が覚めた。
私は思い出す、彼のお墓参りに行った時、辛さと苦しみのあまりに「私を連れていって」と念じた事を。
彼は口下手で、困った時は先ず行動という人だったから、私の願いを叶えようと思ったのだろう。
その証拠に彼は一切微笑まなかったが、雰囲気と瞳はとても優しかった。
「嗚呼、…馬鹿ね」

  (お前さえ良ければ)

彼の声を聞いた気がした。
それが夢の中の記憶か、それとも私の側に居てくれている彼の声か。
どっちでも良い、最後まで私を愛してくれたんだ。死んだ後も私を愛してくれているのね。
寂しさと愛しさで流れた涙は、静かに頬を伝って枕へ落ちた。


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微妙に実体験。
たった一筋の涙で綺麗な思い出に出来るなら、安っぽくてつまらないお話だ。

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