社会に棄てられたゴミみたいなこの街であたし達は育った。
死んだ魚のような眼をした大人に囲まれ育った子供達は、ろくな精神と考察力を持たない。
ツバキはそんな子供の代表のような女の子だった。




「お帰りなさい」
「ただいま。いい子にしてた?ハニー」
毎日の会話。ハニーなんて最初はただの冗談だったのに、ツバキはその言い回しが気に入ったらしく、以来ずっと使ってる。

あたしとツバキは同じ部屋で暮らしてる。お互いの親が殺されて以来、ずっとふたりで生きて来た。

この街では殺人なんて日常茶飯事、人を殺す事は息をするのと同じ様な事。
ツバキも、そんな人間のひとりだった。

「今日は他所者が徘徊してたからさぁ、この街はデンジャーだぜって事を教えてやる為にさ、後ろから口塞いで背中刺してやったのさ」
「殺しちゃったら教えるも何も無いじゃない」
「良いんだよーん、ハナっからお財布目当てだからさ」
そう言ってピンクの小花柄ワンピースのポケットから安物の財布とネックレスや指輪、それに少し錆び付いたジャックナイフをホルスターから取り出すツバキ。
「身なりは汚らしかったけど、案外良い物持ち歩いてたよ」
「商人だったのかな?」
「さあねぇ、死人に興味は無いよ」
綺麗な顔を笑顔で歪ませながら、ツバキはジャックナイフを再びホルスターへしまい込んだ。
あんな錆びたナイフで刺されて、死ぬ事が出来なかったら破傷風で苦しむだろうに。たまには手入れをしないのかなぁ
そんな事を考えていると、ツバキがじっとあたしを見つめている事に気付きたじろぐ。
「なぁに?」
「んー?いやぁ」
頬杖を就いていた腕を頭の後ろに回し、ツバキはニヤリと笑う。
「ようやく体型が戻って来たなぁって」



親が殺された、生き延びる術を知らないあたしは、本能から生き方を学んだツバキに救われた。
それは賎しくも、死体の上に生き続ける方法だったけれど。
ショックと悲しみで身体は痩せ細り、喋る事も儘ならないようにあたしはなってしまっていた。
でも、そんなあたしでもツバキはずっと側に居てくれた。
いつまでも塞ぎ込んでいても仕方が無い、父さんも母さんももう戻ってこない。
少しづつ、前向きになって
そして生きるために、この街の理に従順するようになったのだ。
食べなきゃ死ぬ、体を鍛えなきゃ死ぬ、己を強く持たなきゃ死ぬ、よく考えて行動しないと死ぬ。
お陰で幸せに溺れていた以前の甘えたなあたしは死に、ツバキよりは弱いけれど相応な強度を持ったあたしが生まれた。
ふたりぼっちのツバキを守る為に、ツバキをひとりぼっちにしない為にあたしは死なない。
死んでたまるか、あたしはツバキと一緒に生きるんだ。
半ば意地になってあたしはそう決めた。
ツバキが居なかったら、あたしはとっくに野垂れ死んでいただろう。
そういう面でもあたしはツバキに救われたんだ。

「おやすみハニー、良い夢見ろよ」
「あたしハニーじゃないってば……」
ここ一週間、ツバキの口からあたしの名前を聞いていない。少し寂しいような……。
同じベッドに潜り込み、あたし達は互いに声を掛けて眠りにつく。
ふたりになってから毎日の恒例行事。
一足先に目を閉じたツバキの白い頬を撫でてから、あたしも目を閉じた。
明日への休養。
あたしにとってはきっと、眠る事さえ作業でしかないのだろう。



ふと目を覚ますと、暗い陽の光が部屋を照らしていた。
手元に置いてある目覚まし時計を見ると、朝10時だった。
「うわ、11時間寝てやがったなあたし」
自分を非難してからベッドを降りる。
「……ツバキ?」
いつもあたしより早く起きるツバキだったが、どういう事だろう
昨夜寝る前、床に散らかっていたワンピースもナイフもブーツも
何よりツバキ本人の姿がなかった。
「……外?」
いつもは一日置きに外に出るのに。まだ食料もあるし、強奪した金目の物も箪笥に結構入っている。
外に用は無い筈だ。
「…………っ」

ツバキ。
ツバキ
ツバキ
ツバキツバキツバキ。

どんな時でもずっと側に居た。あたしに黙って出掛けるなんて事なかった。
どうしようもない不安に駆られたあたしは、着の身着のまま、キッチンに置いてあった包丁の柄を掴むと部屋を出た。


大通り、行きつけの質屋、路地裏、ビルの屋上、昔よく遊んだ公園。
何処へ行っても目付きの悪い大人達があたしを睨みつける。
気持ち悪い、死んだ魚の目だ。
ああ、部屋の鍵を掛け忘れてた
……ツバキ、
……ツバキ。
不安な気持ちが神経を麻痺させる、考えが纏まってくれない。

ツバキ
ツバキ

あたしの大事な友達、姉妹、家族。
たったひとりの……
「何処へ行ったのよ……」
耐え切れなくなって、とうとうあたしは泣き出してしまった。
もう嫌、疲れた。怖い。
ツバキが側に居ないのが、こんなにも怖い。
いつか気付く時が来るとは薄々思っては居た。
でも、考えたくなかった。ツバキが居なくなる事なんて。
「……ツバキ……」
しゃがみ込んで顔を伏せてめそめそしていたが、やがて泣き付かれてあたしは立ち上がった。
帰ろう。
もしかしたら、ツバキはもうあの狭い部屋に戻っているかも知れない。
あたしも帰ろう。


薄汚い茶色のドアを開けると、床にツバキが倒れていた。

ドアを開けた瞬間から鼻孔に纏わり付く臭い
何度と無く嗅いだ鉄臭い赤色がそこにはあった。
「……ミカゲ?」
「ツバキ……」
久々にツバキの声で聞いた自分の名前より、そんな事より、
憔悴しきった表情。光が入らない昏い瞳。
自分の腹を押さえ付ける白い腕の間から突き出る、銀色のナイフの柄。
「う、うわ、あ、」
「……はは。ミカゲ、泣いてんの?」
やっと状況が掴めたあたしはツバキの傍らに座り込んだ。
ツバキ。
ツバキ。
ツバキが死んじゃう。

……ツバキが死んじゃう!

「ツバキ、ツバキ!何で!」
肩に触れると、あまりに冷たくて、あたしの体はびくりと震えた。
「ああ……、おっかしいなぁ。ミカゲの顔が見えにくい。目が霞んでるみたいだ」
死ぬってこういう事なんだ
確認するように呟いたツバキの言葉に、あたしは目の前が暗くなったような気がした。
死ぬ?
「ツバキ……?」
溢れた涙がツバキの頬を伝い落ちる。
「……泣くなって。それより、パパとママを殺した奴を見付けたんだよ。だから、喜べ。致命傷は与えられなかったけど、左腕は動かせなくなってるだろうぜ」
額に脂汗を浮かべて、上手く笑えない笑顔で笑って、力の入らない腕をだらりと下げて
それでも、ツバキは、誇らし気に言った。
「ツバキ、やだ……」
「やだじゃねえ……、ちゃんと聞け。俺の遺言だ」
あたしはツバキの手を握り、ボロボロ泣きながら、馬鹿みたいに首を縦に振った。
遺言。
ツバキはもう、駄目なんだ。
それを察してしまったあたしは、頷くしか出来なかった。
「ツバキ……」
「ミカゲ、いいか。これから生きていく中で、左腕を動かせない奴に逢ったら構わず殺せ。俺とミカゲのパパとママ……それに、俺の敵討ちだ」
「……っ」
悲しさと苦しさで息が詰まって、声が出せなかった。でもあたしはただ繰り返し頷いた。



ツバキが気に入っていた小花柄のワンピースはハンガーに掛けて壁に飾ってある。
殺された時に着ていた白いワンピースは、ナイフで切り裂かれたところを縫ってあたしが着ている。ツバキの血は、なるべく落ちないように気を付けて洗濯している。
滅多に肌を露出した服を着なかったあたしがワンピースを着ているなんて、ツバキが見たら「きゅーんハニー可愛い似合ってる!やっぱり女の子は肌見せないとね、もえっ!」とかほざくんだろうなと思ってはひとりで笑っている。

ひとり。

でも、それは、「独り」ではない。
姿はもう見えないけど、ツバキはずっと側に居るんだ。
時折窓から舞って入る椿の花びらを見つめてから微笑んで、「行ってくるね、ツバキ」と錆びたナイフをホルスターにしまった。


流石にこんなゴミみたいな街、片腕が使い物にならない人間なんて結構居るものだ。
だから、子供の頃からツバキに聞いていた、パパとママを殺した男の特徴を思い出して、尚左腕が動かせない人間を捜し出した。

小さな木造の小屋、扉を開けると小柄な男がベッドに座り込んでいた。
薄暗い部屋、ベッドの後ろにひとつだけある窓から差し込む光で逆光になっていたが、肩まで伸びたくすんだ金髪、伸びかけた爪と指の間が黒く汚れている様子
そして何より、どす黒い視線を送る、ギラギラと鈍く光を放つ双眸がよく分かった。
開けたドアに凭れ掛かり、コンコンと二回ノックする。
「……可愛いお客さんだ。一緒にお茶でも飲むかい?」
「お茶…ね。貴方にはお酒でしょ」
白目が黄色く濁っている。肝臓が悪いのだろう。
「そうだね。……で、今日は俺を殺しに来たのかい?」
そこで男は初めて顔を上げた。不精髭を蓄えたやつれ顔。
左腕は力が入らないらしく、だらりと下がっていた。
「残念だね。約十年振りに再会したのに」
「本当、残念。貴方がどうしてパパとママを殺したのか知りたかったのに」
あたしはホルスターから錆びたナイフを取り出して男に向け、それからにこりと笑んでやる。

「こんにちは、ミスター。パパとママ、それに……ダーリンの敵討ちに来たの」


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これはサイトでは初出です。モバゲーで初めて顔を出した作品です。
携帯でかなり長い時間寝かせていたもので、少しだけ思い入れがあります。
ツバキは最初別の名前で、ミカゲは名前すら決まっていませんでした←
ナイフのように生きた女の子、ナイフのように生きると決めた女の子。
人は乗り越えられなかったらそこで終わりですが、乗り越えたら案外強くなれるものです

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